「みえない」は「きこえない」私が息子の難聴を自覚した瞬間②

難聴日記

私の息子は3歳になり、春から晴れて幼稚園に入園します。
軽度~中等度難聴のためかもしれませんが、療育の甲斐もあり、家の中での一対一会話は不自由なくできるようになりました。

人間って良いほうに考えるのでしょうか?
一対一の会話ができる様になって、難聴であることを忘れてしまい、安心しすぎていた事に気づかされた出来事がありました。

 

とある日曜日、私が朝ごはんを作っていて、娘がテレビでアニメを観ていました。
息子も娘の隣で一緒にテレビを見ていました。
そこで、息子が何か騒ぎ出し、どうしたのかな?と思い、息子にキッチンから「どうしたの?」と聞いたところ、

「きこえない、きこえない、エーーーーーーン、き゛こ゛え゛な゛い゛ぃーーーー」と。

娘はテレビにかじりついて、じーっと観ていたのと、いつもとテレビのボリュームは同じですし、息子が「きこえない」と言うのも初めてでした。
そこで、不覚にもボリューム小さいのかな?と反射的に思ってしまいました。

 

そこで、ハッとしました。

 

今まで聴こえてなかったんだ・・・・

 

息子が言葉を話せるようになったのは最近です。
徐々に喋れるようにはなっていましたが、はっきり意思を伝える言葉を話せるようになったのが最近です。

“聴こえない“という意思表示をはじめて言葉でできたんでしょう。

過去を振り返ると、「みたい」という単語を使っていたことはありました。

「みたい、みたい、エーーーーーーン、み゛た゛い゛ぃーーーー」という具合に。
当時は、娘とテレビをみるポジションを争っていたのかと思っており、そんな小さなテレビでもないし、座る場所にもこだわるなーなんて思っていました。

本当は「きこえない」と言いたかったのかもしれない。

きこえない」という言葉が使えなかったから「みたい」という言葉使ってたんだ。

息子が「みたい、みたい、エーーーーーーン、み゛た゛い゛ぃーーーー」と言った後、テレビのまん前に陣取り、娘から「みえないからどいて!どいて!!」と言われ、ケンカ。
私も「目が悪くなるからテレビから離れなさい!」と言っていた。

息子は、本当は聴こえなかったからテレビのまん前で観てたのかもしれない。

そう思うと、心臓の鼓動が大きく早くなり、背筋が凍る。

難聴のことを忘れていた”つもり“ではないのだけれど、あれだけ、言葉を理解できていると思われることが問題であると認識していた、”つもり”だったのに。

入園してからの、一対多人数の会話はこれから多くなるので、親としてはこれからが正念場。

もう一度、“見えない障がい”にしっかり向きあわなければいけないと、再認識しました。

ほんとうにごめんなさい。パパ頑張ります。

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