難聴児の保育園は?共働きは出来る?

難聴日記

息子の難聴が発覚して悩みに悩んだのが、妻が仕事を辞めるか否かです。
まだ知識の浅かった私は障がいがあるからこそ、息子に集団行動を早くさせるべきだと考えていました。(家計の都合もありましたが。)
結果、妻は仕事を辞めて療育に専念することになるのですが、それに至った経緯を書いています。

一点、ご注意いただきたいことがあります。

私は専門家ではありません。あくまで個人的な見解です。色々な家庭のご事情もあるかと思いますので、ひとつの意見としてお考えください。
なお、本記事では、私の息子の難聴である感音性難聴の場合を書いています。

 

我が家は祖父母と同居していません。いわゆる核家族ってやつです。

祖父母と同居している方には当てはまらないかもしれませんが、新生児スクリーニングで難聴が発覚した場合、できることならば、子どもがある程度言語獲得できるまで、保育園(幼稚園)に入園させるべきではありません。

それは、子どもの言語獲得が今後の人生に大きな影響を与えるからです。
そうするとどちらかが、療育に専念することになるので、必然的に共働はできなくなってしまうかと思います

ちなみに、私の息子はママの療育の甲斐あって、年小から幼稚園へ入園することが出来ました。

 

我が家では、ママが仕事を辞めるかどうかでかなりもめました。こんな記事書いていてなんなんですが、私が反対していました

プロフィールにも簡単に書いていますが、我が家は息子が難聴と診断されるまでは、共働きでした。家計も共働き前提で家計を考えていました。
ママが息子を妊娠する前に家を買い(戸建て)、住宅ローンを組んでいました。

ちょっと背伸びしちゃったんですよね。

家を買う前は賃貸に住んでいたので、その家賃よりローンが安くなるように、はじめはマンションを探していました。

しかし、管理費とか修繕費を含めると、当時の賃料以下を目指すと、山の上とか、狭い家にしか住めないことがわかり、だったら、戸建てにしようと戸建てを探し始めました。

戸建ての住宅ローンは当時の賃料より少し高くなってしまいましたが、共働きであれば払えない額ではないので、それで契約。

最大の固定費が発生。これが家計の悲劇の始まりでした。

私の住んでいる地域は、日本で有数の待機児童が多い地域です。共働きするためには、当然、娘を保育園に入れる必要があり、相当な激戦を勝ち抜き保育園入園を勝ち取りました。

家も買い、引越しも済ませ、娘の保育園も決まり、ある程度落ち着いたので、二人目が欲しいねということになりました。

このタイミングで二人目が出来ると、魔の3歳差という、受験が重なるし、お金が一気にかかる年の差だったのですが、もう一年待つと、ママの年齢的につらいかもしれなかったのと、共働きなので何とかなるという考えがあり、めでたく二人目(息子)を妊娠。

そこで難聴が発覚しました。

ここから生活(家計も)が激変することになります。

 

難聴が発覚した当初、私は仕事を続けて欲しいと思っていました。
また、私は難聴だからこそ保育園へ入園させ集団生活を早くさせて、社会に出られる力をつけるべきだし、周りに子どもがいれば言葉もたくさん入ってくるので、よいものだと考えていました。

ママも息子のそばにいたいという気持ちはありつつも、家計のこともあるし、復帰前提で産休・育休を取っていることもあり、復帰して仕事は続けるつもりでいました。

後々知りますが、これが大間違いでした

聴覚障害児は言語獲得しづらい

一言で言ってしまうと、音に触れる機会が少なくなるためです。

聴覚障害があると、話し言葉が耳から入りにくくなると同時に自分の声も聞こえにくくなる場合もあります。

言葉は言葉だけで独立しているのではなく、身の回りの様々な関係の中で発達しますので、結果的に語彙、文法など、実際にどのような場面で使うのかという力が育ちにくくなってしまいます。

早期から補聴器等により聞こえを補助し、必要に応じて、手話や身振り、読唇術等様々な方法によって、コミュニケーションをして、子どもへインプットしていくことが必要になります。

聴こえても、正しく聴こえていない

補聴器での聞こえのサポートは重要ですが、それだけでは足りません。
元々、難聴ではない人にはわかりづらいのですが、 “音が聞こえても、正しく音を認識できない”のです。

 

たとえば“ETC”は普通、「いーてぃーしー」と聴こえると思います。
少なくとも私はそう聞こえます。

えーえーえー」と聴こえる人もいるかもしれないです。

いーいーいー」と聴こえる人もいるかもしれないです。

えーいーしー」と聴こえる人もいるかもしれないです。

難聴は100人いたら100通りの聞こえ方があります。それぞれ違い。ゆがみがあったり、聞こえすぎる音や聞こえづらい音があります。どのように聴こえているか?
それは本人にしか分かりません

補聴器をつけたとしても、補聴器はボリュームを上げるだけです

 

そしてもう一つの問題があります。それは騒がしい場所での聞き取りです。

ただでさえ、騒がしい場所は聞き取りづらいですよね?
健聴の人は、視線を合わせるのと同じように、”聞きたい音”を選択して聞き取ることができます。
だから、飲み屋でも会話ができるんですね。

しかし、難聴の人はそれができません。それは補聴器が関わってきます。

補聴器の性能も良くはなってきていますが、人間の耳にはかないません。
補聴器は言葉だけではなくエアコンの音や、車の走行音、他人の会話などその他の音も全て大きくしてしまいます。

ビデオカメラで動画を撮ってみてください。実際に自分で聞こえた音と、録画した動画から聴こえてくる音の違いに驚いたことありませんか?

撮影している時には、他のグループの話し声をあまり気になっていなくても、動画にすると他のグループの声がはっきりと聴こえたなんて経験ありませんか?
それが補聴器の世界です。

そのため、静かな場所で一対一でのトレーニングが必要になります。

言語獲得は小学校入学までが重要

子どもはいつまでに言語を獲得するのか?
子どもは生後1年ほどで、意味のある単語を発することができるようになるといわれています。

その後1歳から2歳頃までに子どもの発する言葉が爆発的に増えていきます。
特に1歳半ごろには1日10語もの速さで言葉を身につけます。また、二つの単語でひとつの意味を持つ文を話せるようになります。

4歳頃には、抽象的な語彙を習得したり、抽象的な思考ができるようになります。

それ以降、7歳~9歳までで言語取得能力が急速に下がります。
つまり、小学校入学前が大変重要な期間になります。

9歳の段階で、言語取得能力が下がるため、抽象的な思考ができないと、読み書きや学力の面で伸び悩むことがあり、それを「9歳の壁」といいます。

小学校に入ると勉強が始まり、集団活動が始まりますが、読み書きは別にしても言語獲得を前提にしています。

そのため、ここまでにどこまで言語獲得ができるかがカギになります。

難聴は見えにくい障がい

保育士さんは、難聴の専門家ではありません。他の難聴児を育てている親御さんの話も聞きますが、たまに揉めます。

難聴児を持つ親として、正しいことを保育園(幼稚園)に要望しても、理解していただくことが難しいです。(下手するとモンスターペアレント扱いされます。)

“聴こえる人に”、”聴こえにくさ”を理解することは非常に難しいんです。私も、難聴を勉強しなければ、同じことを言っていたでしょう。

一番厄介なのが、”言葉を理解できていると思われてしまうこと“にあります。
実際、理解できていないのにもかかわらずです。

療育の先生に言われた言葉を借りますが、想像してみてください。
突然ロシア人の集団の中に入って、何言っているかわかりますか?わかりませんよね?
その中で集団生活しなければならない場合、どうしますか?でも、意外となんとかなりますよね?

それは、“他の人の動きを見て、それを真似することができるからです。”だから、傍から見ると、言葉を理解していると勘違いされてしまうんです。

学校で周りを見て真似る事はできるが、なぜこれをやっているのか、理解できていなかったり、複数での会話は聞き取りづらいため、自信が持てなくなり不登校になる子もちょこちょこいます。(私の中学の同級生もそうでした。風の噂では今は元気にやっているみたいですが。)
大人ですら海外行って言葉の壁に負ける人もいるわけですから、無理もないですよね。

とある親御さんは、「○○ちゃんはちゃんと言葉を理解できています。なのにサポートが必要だなんてあなたは過保護すぎる」「もっと子どもの自主性に任せないとダメ」と言われていました。
たぶん、「うちの子を特別扱いしろ!」って言っている親に見えるんだと思います。

そのお子さんは、重度難聴で人工内耳を入れており、ある程度言語獲得ができてから幼稚園に通っていたのですが、親御さんが療育センターの先生にお願いして、幼稚園の先生に“聴こえにくさ”というものを説明しに行ってもらったそうです。
それからは、難聴と言うものを理解してもらい、そのようなことはなくなったそうです。

段階を踏んで幼稚園へ入園させてもこのような状況なので、言語獲得前に保育園に入園させるのはよくありません。

病院の先生に言われたのですが、こんな言葉があります。

1日は24時間しかないが、難聴児には48時間あっても足りないぐらい、親にはすることがある

つまり、親がつきっきりで子どもに接していても足りないわけで、それを、何人もの子どもを見ている保育園の保育士さん、幼稚園の先生ができるわけないんです。

我が家ははどうしたか?

繰り返しになりますが、難聴が発覚した当初、私は仕事を続けて欲しいと思っていました。

また、私は難聴だからこそ保育園へ入園させ集団生活を早くさせて、社会に出られる力をつけるべきだし、周りに子どもがいれば言葉もたくさん入ってくるので、よいものだと考えていました。

 

ママは育児休暇取ってましたし、息子に常時付き添っていました。病院に行くのも療育もママがすることになります。
必然的にママと私の難聴の知識に差がついていきます。

難聴とはどのようなものなのか?どのように育てていくべきなのか?を先生に聞けば聞くほど、もやもやしていたものがはっきりとして、それによって、ママは仕事を辞めて療育に専念しようと決断していました。
ただ、それを私に当時は言うことができなかったと。

私は当時、家族が起きる前に仕事に行き、寝静まってから帰宅するという生活を送っていました。ほとんどママや子どもたちと接する時間はありません。

パパは、今でこそ子どもの面倒見てくれるけど、当時は土日でも、仕事で疲れていて寝ていて子どもの面倒みてくれないし、いつも仕事でイライラしてた。息子について話をしても、余裕がないみたいで「うん」とかその程度の反応で話を聞いてるのか聞いてないのかわからなかった。
だから、あまり相談できなかったな。

ゴメンナサイ。今は上司が違うからね、当時は余裕がなかったのよ。。。

そんな中、職場からの復職の催促もあり、早く決めなければと決心したママがLINEで思いのたけを送ってきたのがこれ。※本当はもっと長文です。
これで、私も共働きはやめるべきかもと思い直しました。これが我が家(私の)ターニングポイントですね。

仕事を辞める理由

保育園はうるさい、常に近くで話してくれる訳ではない。言語が正確に習得しずらい環境。電池の誤飲。散歩中など、遠くからの声かけに気づけるか。

補聴器をすぐ取ってしまう為、装着したり先生の手間が増える。

言語習得、脳の発達に重要な乳幼児期。できれば母親が近くで育ててあげた方がよい。

検診にひっかかる程ではないが、娘の時や周りの子と比べるとできる事が遅い。多分3ヶ月くらい。
難聴の影響なのか、発育の個性によるものかは不明。
療育センターで、ママの接し方は健聴の子の接し方になっていると言われた。

数ヶ月前まで表情が乏しいと思ったり、なかなか身振り手振りを真似しないなぁと感じていたのはママの接し方が不十分だっだからかもしれないと思った。

平日に週1で療育センターに通わなければならないこと。

パパは帰りが遅い。私が19時頃家に帰ってきて、家事をしながらお世話をして、更に言葉を教える時間を作るのは無理だと思った。

家事もお世話もスムーズにはいかない。時間も足りない。仕事に復帰した時、朝も仕事中も夜も常に時間に追われイライラしていた。そこに更に言葉を教えないといけないこと、上の子(娘)の時に精神的にも体力的にもしんどかったので、無理だと思った。

 

 

コメント

  1. チョーキングゴリラ より:

    こんにちは。初めまして。

    私の子供も聴覚障害と診断され、夫婦で落ち込んでいたところこのブログを見つけました。
    数々の体験談を聞けてとても勇気づけられました。

    思わずコメントさせて頂きました。
    突然すみません!

    • ぎがぴっぴ より:

      ご訪問ありがとうございます。
      うちの子も難聴が発覚してから、モヤモヤと不安や心配ばかりでした。療育施設での経験を重ね、すくすく育っています。
      そのおかげか、幼稚園に喜んで通っています。
      日々の生活で、本人は困る事もあるかもしれませんが、子どもの適応能力はすごいです。それに気付いて成長を感じられ嬉しく思う事もたくさんあります。不安や心配もあるかと思いますが、楽しいこともいっぱいあると思いますよ!

タイトルとURLをコピーしました